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悲しみに決まった順序はありません — 悲嘆を抱えて生きる
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だれかを失ったあとの悲しみに、取扱説明書はありません。それでも私たちはよく「悲しみの五段階」という言葉を耳にし、悲しみにも決まった順序があるかのように思い込んでしまいます。その思い込みが、残された人をかえって苦しめることがあります。
悲しみは階段ではありません
否認、怒り、取引、抑うつ、受容。この五つは、順に上っていく階段ではありませんでした。悲しみの中を行き交う、さまざまな心の名前にすぎません。
ある日は平気なのに、ふとした歌の一節でまた崩れる。腹が立ち、恋しくなり、平静だったのに罪悪感が押し寄せる。それらが入り混じって行き交うのが、悲嘆の実際の姿です。「まだ受容にたどり着けない」と自分を責める必要は、まったくありません。
最初の数週間によくあること
体と心がいっしょに揺れます。次のどれもよくある反応です。
- 食欲がない、あるいは逆にずっと空腹を感じる
- 寝つけない、または夜中に何度も目が覚める
- あの人の声や足音が聞こえる気がする
- 集中できず、たった今したことも思い出せない
これらは、受けとめきれない喪失を体が消化していく過程です。多くの場合、時間とともに少しずつ薄れていきます。
「普通」かどうかを気にしないでください
悲しみに定まった期限はありません。数週間で日常に戻る人も、一年経ってもふと崩れる人も、どちらも普通です。愛した分だけ、悲嘆も長く続きます。
ただ、目安はあります。睡眠・食事・仕事が長く崩れたままで、自分を世話することさえ重いなら、一人で耐えないでください。そのとき専門家に話すことは、弱さではなく、自分を大切にする方法です。
悲しみは消すものではなく、抱えて生きるもの
時が薬という言葉は、半分だけ正しいものです。悲しみは完全には消えません。ただ、その大きさはそのままでも、それを抱えて生きていく自分の世界が、少しずつ広がっていきます。
その過程では、記憶を押しのけないことが助けになります。よかった時を思い出し、追悼日記に一行ずつ書き留め、一周忌のような日をあの人を偲ぶ場にすること。悲嘆は忘れる過程ではなく、あの人を新しいかたちで自分の人生に迎え入れる過程です。
ゆっくり進んで構いません。悲しみには、決まった順序がないのですから。
よくある質問
「悲しみの五段階」を順番に経るのが普通ですか?+
いいえ。否認・怒り・取引・抑うつ・受容という段階は、順に上る階段ではなく、悲しみの中で行き交うさまざまな心を説明したものです。ある日は平気で、翌日また崩れる——それがむしろ自然です。順番どおりに「通過」できないからといって、間違っているわけではありません。
何か月経ってもよくなりません。おかしいのでしょうか。+
悲しみに期限はありません。愛した分だけ、共に過ごした時間の分だけ、悲嘆も長く続きます。ただ、日常が長く崩れたままで、睡眠・食事・仕事がずっとつらいなら、一人で抱えるより専門家に話してみるほうがいいでしょう。それは弱さではなく、自分を大切にする方法です。
周りの人にどう話せばいいか分かりません。+
平気なふりをしなくて大丈夫です。「今は少しつらい」の一言で十分です。慰めの言葉がうまく言えない人も多いので、ぎこちない反応に傷つかないでください。そばにいてほしい人と、静かにいたい時間を自分で決めることも、悲嘆の一部です。