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追悼日記をつけるということ — 何を、どう書き留めるか
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忘れまいとするほど、不思議と記憶は少しずつぼやけていきます。声の高さ、笑ったときの表情、いつもの口ぐせ。昨日のことのようでいて、いつのまにか輪郭がにじんでいます。追悼日記とは、そのにじみを留めておくための、ごく小さな営みです。
なぜ書き留めるのか
記録は、悲しみをつなぎとめるためのものではありません。むしろ逆です。
頭の中だけに抱えていると、忘れるのが怖くて、記憶を何度も取り出して確かめてしまいます。けれど一度外に書き出しておくと、その怖さを少し手放せます。ここに安全にあるのだから、もう毎日確かめなくていい——そう自分に告げるようなものです。
何を書くか — うまく書こうとしなくていい
追悼日記というと長い追悼文を思い浮かべがちですが、その必要はまったくありません。
- 今日ふと浮かんだ場面をひとつ。「雨の日はいつも傘を二本持って出る人だった」といった。
- あの人の口ぐせ。何気ない小言ほど、あとで恋しくなります。
- 一緒に行った場所、好きだった料理。感情を説明しようとするより、記憶をひとつそのまま書き移してください。
文章がぎこちなくても構いません。この記録を誰かに見せることはありません。
いつ書くか
ルールを決めないでください。毎日書かなければという負担は、たいてい数日で日記を閉じさせてしまいます。
書きたい日に書けば十分です。ふと思い出した日、命日や誕生日のように心が向く日、あるいは理由もなく恋しい夜。ひと月に一行でも、その一行は消えません。
散らばらないよう、一か所に集める
写真はスマホに、メモは手帳に、記憶は頭の中に。こう散らばっていると、いざもう一度見たいときに、どこにも丸ごとは残っていません。
ノート一冊でも、メモアプリのフォルダひとつでも、方法は問いません。写真と日付、短い一文を同じ場所に集めておくだけで十分です。Jaesimのような追悼アプリは、その記録を写真や命日とともに一か所に置き、命日が巡ってきたら見逃さないよう知らせてくれます。一周忌を控えているなら、その一日が、この記録をふたたび開く場になってくれるはずです。
覚えているとは、握りしめて放さないことではありません。いつでもまた会える場所を、ひとつ空けておくことです。追悼日記は、その場所のいちばん小さな、けれどいちばん長く残る煉瓦のひと組です。
よくある質問
追悼日記はいつから書き始めればいいですか?+
決まった時期はありません。別れの直後は、むしろ何も書けないことのほうが多いものです。気持ちが少し落ち着き、ふとあの人が思い浮かぶ日が来たら、そのとき一行から始めれば十分です。遅すぎるということもありません。
何を書けばいいのか分かりません。+
うまく書こうとしなくて大丈夫です。今日ふと浮かんだ場面、あの人の口ぐせ、一緒に行った場所ひとつで十分です。感情を説明しようとするより、記憶をひとつそのまま留めておくほうが、ずっと長く残ります。
ノートがいいですか、アプリがいいですか?+
手に馴染むほうが正解です。ただ、写真と日付を一緒にまとめたいならアプリが便利で、命日に知らせてほしいなら追悼アプリを使う手もあります。道具より大切なのは、散らばらないよう一か所に集めることです。