Jaesimブログ
あの人のいない最初のお正月・お盆 — 空いた席を抱えて
재심 / ブログ / あの人のいない最初のお正月・お盆 — 空いた席を抱えて
お正月やお盆、家族が集まる節目が近づくと、あの人の空いた席がひときわ大きく感じられます。普段はこらえていた恋しさも、みなが集まる場ではふと崩れます。あの人のいない最初の節目は、ある意味で命日よりつらい一日かもしれません。
節目がなぜ、いっそうつらいのか
節目は「一緒に」を前提にした日だからです。
ひとつの空いた椅子、いつもその人が担っていた役割(台所に立つ手、食卓での一言)、例年どおりの光景の中のただひとつの空席。日常では散らばっていた恋しさが、節目には一か所に集まって、一度に押し寄せます。ですからこの日がひときわつらいのは、あなたが弱いからではありません。
しきたりを守るか、変えるか
まず決めるのは、今年をどう過ごすかです。
- 例年どおりにする。 慣れた集まりそのものが慰めになる家族もいます。それならそのままで。
- 簡素にする。 今年だけは料理を減らす、しきたりを簡単にする、ごく近い家族だけで集まる——どれもかまいません。
- 場所を変える。 いつもの家がつらすぎるなら、今年は別の場所で過ごすのもひとつの手です。
何を選んでも、正しい・間違いはありません。「しなければ」ではなく、残された人が耐えられるやり方で決めてください。
あの人を、その席に
空いた席を見ないふりをするより、むしろあの人を節目の中に迎え入れるほうが助けになります。
食卓にその人の席をひとつ空けておいても、好きだった料理を一品供えてもよいのです。食事の前に「今年はお父さんがいないね」と、その名を少し口にするだけで、空いた席は「いない人」ではなく「一緒に思い出す人」の席になります。悲しみを隠そうと無理をしなくて大丈夫です。
自分を、そして互いを労わる
節目の支度に心を注いでいると、その日いちばん崩れやすい自分自身を忘れがちです。その日の予定を詰め込みすぎず、つらければ少し席を外せる余白を残してください。
家族の間でも、悲しみの表し方は違います。黙々と働く人も、泣き続ける人も、それぞれのやり方であの人を恋しがっています。互いを責めないでください。悲しみには、決まった順序がないのですから。
完璧な最初の節目を過ごすことが目的ではありません。あの人を一緒に思い出し、残された人どうしがそばにいること。それだけで、この一日は十分に役目を果たしています。
よくある質問
お正月やお盆の集まりは、例年どおりにすべきですか?+
決まった答えはありません。慣れたしきたりが慰めになる家族もいれば、今年だけは簡素にしたり、場所を変えたりするほうがよい家族もいます。大切なのは「しなければ」ではなく「一緒にいたいから」集まることです。負担なら、今年は控えめにしてかまいません。
節目に故人をどう偲べばいいですか?+
大げさでなくて大丈夫です。食卓にその人の席をひとつ空けておく、好きだった料理を一品供える、食事の前に少しその人の話をする。こうした小さな行いが、空いた席を「いない人」ではなく「一緒に思い出す人」の席にしてくれます。
節目が近づくだけで、もうつらいです。+
自然なことです。予期された悲しみだからこそ、数日前から心が重くなります。その日、何をして何をしないかを前もって決め、つらければ少し席を外せるようにしておいてください。完璧な節目を過ごすことが目的ではありません。